昨日、九州から帰ってきた。夕方4時の打合せに間に合わせるため、旅行の添乗員みたいな計画をして帰ってきた。
インターネットのお陰で、飛行機の予約から電車の時間、目的地の地図まで即座に対応できる。まぁ、、便利な世の中になったものだ。
さて、”世にも不思議な物語”とは、本当に有るのかもしれない。以前も書いたが、確率的に有り得ない事が、私に係わる何かで、頻繁に起こる。だから、宝くじで、5000円とか1万円クラスが当たっても、そう、、驚かない。『またか・・』でしかないのだ。
九州帰郷は、仕事を手伝ってもらっているFの親父さんが亡くなったからだ。葬儀場の関係で1日延びてしまい、日曜日が通夜で、昨日の月曜が葬式となった。
Fが、『Uさん(昨年11月23日に亡くなった)のところにも、行ったらどうだ?』と言うので、写真と動画のデータを持って挨拶してきた。ついでに、寝たきりの母が入院している病院も行くことが出来た。
それでも、通夜まで時間があったので、金田の実家に戻って、ちょっと仕事(名刺整理)をしようと85歳の父の部屋へ行くと、『おぉおぉ、、今、消費税のプログラムを作り直したところたい。また変わったきのぉう、、。』
うーーん、、。この人は、正しく監査役をやってくれている。
実家からFの事務所まで3,000歩?そこから葬儀場まで1,000歩もない。合わせて4,000歩だ。歩き足りない。
無事、通夜も済み、実家で夜遅くまで兄と兄嫁とワインを飲んだ。
朝9時過ぎに、新飯塚から博多に向う電車に乗るため、兄夫婦に送ってもらった。予定より早い電車だったが、結局空港に着くと、それなりの時間になったいた。
さて、ここからだ。世にも不思議な物語。
博多で、柔道の大会があったらしい。空港には、テレビで観たことがある選手が歩いていた。代表候補のM田選手だ。mixiニュースで、I上選手が優勝したと載っていたから、M田選手が負けたのだろう。飛行機に乗る前に、詳細を確認できなかった。機内で、キャビンアテンダントが新聞をどうですか?と廻って来たので、スポーツ新聞で確認しようと見たら、裏一面にI上選手の顔が掲載されていた。
と、次々に乗客が乗ってくる。おぉぉぉぉ!あれは、格闘技のS藤元気だ!
私は、日航のクラスJに乗っていた。通路側より一つ内側の席で、通路側の席の乗客が中々来ない。ほとんどの席は埋まるが、隣の席は空いたままなのだ。
うん?あれはM田選手だ。えっ?ひょっとして、、えっ?デカイ!でも背の高さは私と同じだな。でも、半端なくデカイ!えぇぇぇぇぇぇっっ!隣かよぉ!!
あわてた。広げた新聞は、勝ったI上選手の顔写真!まずいでしょう・・。広げた新聞は、簡単に閉じない。まぁ、、何とか閉じたら、、『あのぉ、、荷物が入らないんですが』と、キャビンアテンダントに声をかけるM田選手。機内持ち込み手荷物が、パソコンがあるため3個になっている私・・。ヤバ!
もぉ、、パニック! でも、そ知らぬ顔をする、、、ズルイおっさんが・・私だ。
と『先輩!後ろにS藤元気がいるんスよぉ!』とM田選手の後輩が・・。
まぁ、、そんな、こんながあった割には、ちょいと熟睡して羽田着。M田選手は、完璧に寝てしまい。コーヒーもジュースも飲まず仕舞い。
空港に着き。夕方4時の打合せに間に合うように急ぐ・・。と、大きな声で話すM田選手の後輩達。見ると、荷物を受け取るスペースへ移動中・・うーーん、機内持ち込み手荷物を減らしましょう!って!俺のことだよ!ごめんね。
で、大泉学園まで、とにかく急ぎました。取って返して、新宿御苑前のN社で打合せ。I井君の段取り。彼は、思ったら粘り強く営業するタイプのようだ。このI井君は、これまた以前にも書いたが、偶然にも同じ筑豊出身で田川高校だ。まぁ、しかし、この打ち合わせ通りになったならば、トンでもない話となるが・・まぁ、そうなれば、また書こう。
打合せは、上手く運び。二人で前祝とばかりに、お茶の水へ一杯ということになった。
当然、話題は田舎の話し。私が、『実家が酒屋だから・・』と話すと、『だから、ぼくの実家も酒屋で・・』『えぇっ?聞いてないよぉ』『えぇっ?話しませんでしたっけ?』となり、早速、飲みながら実家の兄貴へ電話したが、I井君の実家には、T川酒販は卸していなかったようだ。面白いもので、角打ち(かくち、かくうち)=”立ち飲み”をやっていた事が分かった。
まぁ、筑豊だ。色んな客が来た。あちらの筋の方も当然来る。一般の人も来る。お互い皆が知合いで、あちらの人からの紹介だからと言っても、一般の人も居る。それが筑豊だと思う。まぁ、分かりにくいかもしれないな、、。
で、酒屋の話しをしていて、『うちの兄貴が、ワインセラーを造っている現場のUさんに、”弟が、建築施工図の会社を始めまして、、、”と話しかけた事がきっかけで、、』と、『Uさん』という名前を出したところ!
『うぅん?Uさん?Uのおいちゃん?』『えっ?”おいちゃん”?』『そぉ、、うちの実家の、酒屋の2階を増築したときに、○○さんから紹介されたUさん、、だと、思うけどぉ、、』『え、えーっ!?』『あの地域に、○○さんのUさんって建築屋さんは、、、Uさん?しか、おらんとやないかねぇ?』
おそらく、間違いない。昨年11月23日にUさんは亡くなる。12月7日にK君のパーティで、このI井君と知合い、意気投合して、今回の営業関係をまとめたのだ。まさか、彼がUさんを知っているとは・・。
話をしている場所は、東京御茶ノ水だ。話題の主は、福岡筑豊の人間なのだ・・。当然だが、こんな偶然は、普通じゃない。私とI井君の飲み会に、Uさんも参加しているのだ。
そこで、”どこの現場に行っても田川工業高校の者に会う”という話をした。毎年40名ほどが卒業したであろう田舎の工業高校の建築科だ。同じ田舎で仕事をしていても、そう、、会うものではない。それが、東京の現場で、行く先々で会うのだ。
まず、警視庁本部庁舎の模型造りのバイト先で会った。次は、インドネシアの、海兵隊の学校の施工図を描いていたとき、応援を頼んで来てもらった者がそうだった。次は、東京高等裁判所の現場で、一緒に施工図を描いた奴が工業なのだ。次は広尾ガーデンヒルズの仕事をやっているとき、内装をやる高島屋のメンバーに居たのだ。とにかく、次々に出会うのだ。
と、まぁ、、偶然が、偶然ではない話しをしながら飲んだのだが、Uさんの話が出てきたところから、涙が溢れて止まらないのだ。どうしようもないのだ。
こんな、不思議な事があるのだろうか?
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