« 鼻タケその後と、父の自分史、、途中まで | トップページ | 鼻タケその後と、父の自分史、、パート3 »

2009年8月20日 (木)

鼻タケその後と、父の自分史、、パート2

鼻タケの手術は、おそらく問題無いのだろう、、。しかし、だ。

どうも?歯の方がおかしい。歯性上顎洞炎ではないだろうか?耳鼻科でも、歯科でも、何も言われていないが、おそらく、これだな。頬の腫れは無くなっているから、違うかもしれないが、まぁ、、似たようなもんだろう。

明日、耳鼻科でガーゼーを取ってもらえば、とりあえず右側は終了だろう。数日於けば、歯医者が右頬を触っても大丈夫だろうから、それから歯の治療かなぁ、、。歯茎の腫れが増して来た。

いやいや、直ぐにでも行かないとまずいぞ、、。モヤモヤして、仕事の段取りなど考えられないのだ。さてさて、どうする?まず、抜歯は免れない可能性がある。いやだなぁ、、。

さて、盆明けからの電話は、『施工図の募集は、してますか・・?』とか、『どう、、仕事は?』とかが連続している。

春先は、『9月になれば、、』などと思っていたが、この状況では、11月さえも危ないかも、、?

選挙の結果では、どちらに振れるのか?

マニフェストなど、シッカリと確認してはいないが、民主党だと公共事業が減り、派遣関係は厳しくなりそうだ。しかし、現在の自民党でも公共事業は少ないし、派遣であれ何であれ、そもそもの仕事が無いと来たもんだ。じゃぁ、、どうなるんだ?

さてさて、昨日に続き、姉のパソコンにあった、父の自分史の書き掛けだ。満州では、二等兵だったようだ。

========

                        満 州 の 春

   私しゃ十八 満州娘   花の三月 雪解けに  迎春花が 咲いたなら。

   お嫁にゆきます   隣村    王さん    待つてて  頂戴ね 

極寒零下三十度、寒風の中に、防寒手套から手を出すと、指の先が白くなる。風速十メートルに一度、更に下がる。この時は、ひたすら指をこする。でないと、凍傷になって指が落ちると教えられた。凍った河は 人、馬、砲、戦車でさえも渡れる。風呂帰りのタオルは兵舎に入る前に棒の様にピンと立つ。その冬がやっと終わって春が来る。

 迎春花 インチュウホワ  可憐な花が咲いて 満州は春になる。冬は終わった。

馬房の床詰めを、はずさなくてはならない。冬用の軍服、防寒具一切を被服係上等兵殿に返納だ。やや薄くなった河の氷を割って綱をつけたバケツで水をくみあけ゛ブラシでよくこすって汚れを落とす。初年兵の日曜日は忙しい。外出など古兵になってからだ。

 だが、春なのだ。 満州娘でなくも、すこし笑みがこぼれる。

          ああ 春だ 満州に春が来た。 

北    京

            北京の街は 王府鎮 (ワンフーチン)

この歌、前も後ろも忘れた。

あの寒かった満州から北支那の北京に来ると、普通外套で結構だ。あまり寒くない。人の身体は住む土地に適応するようになるみたいだ。

北京陸軍経理学校は西郊にある。満州東寧からこの大都会にきてびっくりした。街の周囲を堅固な城壁に囲まれ、城壁の上は車二台が並んで通れそうた゛。さすが中国何千年の都だ。前門(チェンメン)、故宮今人民広場、なんとなんと、桁違いの規模、すばらしい。

朝ラクダをひいた、きたない男が城壁の門からはいってくる。生まれてから風呂にはいったことがないような汚れ方、ラクダもはじめてみた。これもボロをさげているみたいだ。

=========

他に残っている文章からすると、3、4年前かな?

私に、『おい、ブログはどうやって書けばいい?』と言ってたので、3年前くらいだろう。

|

« 鼻タケその後と、父の自分史、、途中まで | トップページ | 鼻タケその後と、父の自分史、、パート3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 鼻タケその後と、父の自分史、、途中まで | トップページ | 鼻タケその後と、父の自分史、、パート3 »