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2007年1月25日 (木)

三年先の稽古

以前から考えていたネット派遣(あるいはネット常駐)を進める為に、大宮、船橋、横浜、吉祥寺あたりに、営業所を持ちたいと思っている。

昨日は、朝から携帯に電話があり、事務所前の路上で1時間話をしていた。歩いている途中も話をしていたので、1時間半は、話していたことになる。

相手は、同業の施工図屋だ。中国施工図台頭で、持ち帰り施工図が無くなり、続いて現場常駐の単価も下がった事で、一気に立ち行かなくなった訳だ。

だが彼は、どうしても昔を忘れられない。まぁ、自然と借金が増えていく、と言う構図だ。しかし、建築の知識はある。だが、その技術を伝える手段が無いのだ。それどころか、生活がままなら無い。事務所を畳んでしまえれば良いのだろうが、仕事そのものはある。やればやるほど借金が増えるのだ。

まぁ、しかし、経理が分かっていて会社経営していたならば、何とかなったはずなのだが、技術者で経理まで分かるようだったら、既に、大会社にでもなっているだろう。めったにいない。

私自身は、技術者と経営者の中間であるため、何とか現在を生きている。しかし、もう限界が近付いて来ている。こんな事(会社経営)をするのだったら、今からでも”経営学部”とか”経済学部”にでも行って、学び直したいものだ。

ただ、唯一の利点は、東京に仕事を持っている事だ。たまたま、いくつかの大型現場に常駐して施工図を描いたため、人との繫がりが出来た事が切っ掛けではあるが、とにかく東京に仕事を持っている事は、安定を意味する。それも、大手ゼネコンである。こんなラッキーなことはない。

だが、いつまでも、”とりあえず仕事がある”という事に、胡坐(あぐら)をかいているわけには行かない。今から、三年先の準備をしていかないと、雇った社員達の先が無い。

私も既に52歳。今年で53歳になる。今は営業できているが、5年後10年後に、たとえ今の景気が続いていたとしても、そこまで長く、まともな営業が出来るはずが無い。

技術力のある人が、それなりの仕事を与えられる環境作りをして、更なる環境造りとし、最終的には環境創りに持って行きたい。相撲で言う”稽古”は、”三年先の稽古”と言われる。

現段階では『なに?ネット派遣?ネット常駐???』である。しかし、間違いなく、これだけ通信環境が進歩してくると、”全ての人が現場に集まって仕事をする”というスタイルは必要なくなる。”通勤する”という姿の技術者は、考えにくい。

今すぐにでも、九州のグループに、その対応が出来るようにしたいと思っている。だが、徐々に進めないと仕方が無いので、『大宮、船橋、横浜、吉祥寺あたりに、営業所を持ちたい』と、なるわけだ。

まぁ、私は、キッチリした目標は苦手である。今は、目に見えない”三年先の稽古”をしたいと思っている。

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昨日?だったか、幕下から十両に昇進することになった力士が発表されていた。3名だ。とすると、残念ながら幕下に陥落してしまう力士も3名となる。私の予想では、皇牙は4人目だ。ぎりぎり残ったかな?

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コメント

これから難しい年代になりますね。
状況は時代とともに変化します。変化に対応できないとただ取残されるだけです。筑豊の町もすっかり取残されてしまいましたね。会社の経営者は先を読んだり、時代の流れについていけないとどこかで行き詰まりそうですね。僕らサラリーマンもそうですが。30代の発想やパワーが無いだけに今は、何でも参画し、対応するというのは危険かもしれません。できないことは無理せずに切り捨てる。必ずやるべきことに特化して余裕をもって進みたいですね。

投稿: hiro | 2007年1月27日 (土) 13時57分

どう考えても、来年一杯が限度の景気でしょう。ドスンという落ち込みが無い事を期待するばかりです。

しかしねぇ、、切り捨ては出来ないと言うか、やれない。

投稿: 一級能書士 | 2007年1月27日 (土) 16時11分

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