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2007年1月

2007年1月31日 (水)

継承問題に、鳴る警鐘。

70代の人にとって、52歳は子供であった。

いやぁ、、前途多難かな?売上げ不足の会社ではなく、、、売上げが無い会社に、売上げネタを提供しているのに、『あれがダメ、これができない、、』うーーーん?やはり、殿様商売をしている。

会社を作ったは良いのだが、運営?に、なっていない。年金生活をしている役員達では、どうしようもない。売上げが必要ないのだ。

まぁ、、ぼちぼち・・とは、言ってられないはずなんだが?

だが、持っている技術は、どうにかして引き継がないといけない。墓場に持って行かれても困ってしまう。まぁしかし、同じような話が、各企業にあるのだろう。後輩達が引き継げる環境に無い。

建築技術はゼネコンに集約され、維持されてきていた。それが継承されないのだ。

たとえば、施工図について、どんな流れがあったかと言うと・・・。

  • 昔々は設計者が全ての図面を描いていたが、戦後財閥解体のため一括受注が出来なくなり、分離発注となり、施工図は現場監督が描くことになった。
  • その後、安全管理等をしっかりやるため、現場監督の仕事が増えてきて、建設会社OBや設計事務所OBが施工図を描くようになった。
  • 施工図を専門に描く者が現れ、持ち帰って作図するだけでなく、現場に常駐するようになった。現在の施工図屋の発生だ。
  • 大手の建設会社だけでなく、中小の建設会社でも、施工図屋を使うようになった。
  • パソコンを使用したCAD(コンピュータ・エディット・ドローイング)を利用して作図が始まる。(我社では1989年)
  • CADデータをパソコン通信で受け渡すようになる
  • Windows95が出て、通信は、インターネットの世界となる。
  • Windows98が出て、本格的にCADが認められるようになるが、経済は最悪の状況となる。施工図単価の見直しが始まるが、しかし、それ以前に仕事が無くなる。また、施工図屋とは別に、CAD操作が出来るだけのオペレータが発生する。
  • WindowsXPが出た頃から、中国施工図が台頭し始める。
  • ここ数年で、大手ゼネコンは、初期の施工図を中国施工図に切り替えた。

初期の施工図が、何たるか?それを理解できていない。実は、そこに技術の集約がある。

  • 今、何だ、かんだと騒がれているが、CM(コンストラクション・マネジメント)により指摘されるネタは、初期の施工図図面作成時に見つかるものも多数ある。早く見つければ、それが利益に繋がる事は言うまでも無い。
  • 元々、意匠・構造をチェックするかの如く描かれた施工図は、意匠構造の食い違いだけでなく、施工をするための質疑事項を洗い出して来る。この質疑書を書く能力の継承が問題だ。

今、この問題点の洗い出しをする能力が、ゼネコンからだけではなく、下請け施工図屋からも失われて行こうとしている。今日、この時は、まだ何とかなるかもしれない。しかし、徐々に、確実に失われて行っている事は間違いない。

では、この洗い出しする能力(チェックする能力)を持つ人材の育成は?これを継承する機関はどこになるか?当然だが、時給1000円にもならない施工図屋では無理だろう。ゼネコンが継承する事が、本来の姿であろうが、その努力と言うかチャンスを放棄しているのに、どうやって継承するのか?どうやってゼネコンを続けるつもりなのだろう?

チェックマンがいないのに、中国に施工図を依頼して、どうするつもりなのだろう?中国施工図もレベルアップしているのだろうが、評価できる者がドンドン減っているのだ。

今回、私が取締役になった会社は、ある特殊な施工方法を持っている会社だ。しかし、この技術を継承するには、施工図屋の私ではなく、できれば工事屋出身の者が継承すべきかと思うが・・・まぁ、この会社の場合は”52歳”が若手なのだ。仕方ない。

小さな、豆みたいな会社の株主総会?が終わり、じゃぁ、、一杯、となった。

しかし、『そりゃぁ出来ないだろう』『俺の若い頃は・・・』の連続では・・?うーーん!

我慢!我慢!

だけど、『若いんだから!食べなさい!』と言われてもなぁ、、、。

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2007年1月30日 (火)

定款の目的・・・にも色々あって

昨日は、おそらく今日の株主総会で取締役になる会社の事を、改めて我社の関係者に説明連絡をした。

上手く行けば・・・上手く行く。悪くとも損は無い。いや、、プラス要因ばかりでは?ないかもしれないが、、このままじっとしている訳には行かない。

会社の定款に、目的と言うのがある。会社であるならば、何をやっても良い。と言うわけではない。しかし、いつ、どのようなチャンスが来るか分からないものだ。我社の定款にある目的は・・・・やたら書いてある。『全然関係ないんじゃない?』と思われるものもある。

本業中の本業は、建築施工図だ。だから、目的には、建築関係は全て網羅できるように書いてある。まぁ、これは当たり前だ。

ちょっと違うのが、、、”旅館業”と書いてある。

設立当初、まぁ、、どこまで続くか分からない訳で、、、『女房の実家である新潟県の高田市(現上越市)近くにある妙高高原で、ペンションでもやれたらなぁ、、客が来ない期間は、東京の建築図面でも描いて・・・』などと考えていた。

そぉ、、だから、我社の名前は『アートヴィレッヂ』と言う、ペンションみたいな名前なのだ。

会社と言うもの、実は作るのは簡単だ。司法書士さんに頼めば、すぐに出来る。ワクワクするものだ。期待ばかりが膨らむものだ。最近は、『1円で起業できる』世の中だ。とにかく、簡単に出来る。

問題は、その後だ。我社は、昭和63年3月25日に設立された。従って、今年まるまる19年となり、20年目に突入する。来年は成人式だ。

我が家の長男は、今年20歳になる。まだまだ子供だ。会社も同じだ。今から大人の仲間入りだ。社会保険も厚生年金も労災も、当然加入している。退職金の積み立てにも加入している。もしもを気にして、社員ひとり一人保険にも加入している。まぁ、これが無ければ、どんなに楽か・・とは思う。しかし、それでは”会社ではない!”

昨日の『東京タワー』には、また、思い出させられた。

母方の祖母が亡くなった時、田舎に帰らなかった。金が無かっただけでなく、その感覚がなかった。自分の祖母が死んだ、という感覚が無かったのだ。

祖母が亡くなった時、九州筑豊は雪だったのだそうだ。実家は酒屋なのだが、その日は皆出払っていたらしい。当然、車にはタイヤにチェーンなど付けてあるはずがない訳で、母は一人でチェーンの装着をしたそうだ。雪国ではない。滅多にチェーンなどは装着しない。

母は、一生懸命チェーンの取り付けをし、やっとの事で、病院へ駆けつけた時、祖母は既に亡くなっていたそうだ。

女房の実家は、雪国だ。昔々、一面の雪野原に立て札があり『この下、高田あり』と書かれていた、と冗談を言うくらい雪が降る。私は、結構チェーンの装着は上手いつもりだ。

今、母は寝たきりだ。今年の正月は病院だった。

色々な事に、ちゃんとした理想の結論が出せないまま、今日も過ごしているが、とにかく、頑張ろう。頑張ってみよう。出来る範囲ではあるが・・・。

目的・・・ではなく、目標?かなぁ、、。

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2007年1月28日 (日)

中古にしてくれ!金が無い!

次男の自転車が壊れた。学校まで片道6.4kmある。

部活を熱心にやっている。大荷物を背負って自転車に乗っている事が、ちょっと心配。既に、この1年でパンクは何回やったのか分からないようだ。今回は、チューブではなく、外タイヤがバーストしていた。中1から乗っていた自転車だったので、限界が来たようだ。

仕方ないので、中古自転車屋で購入する事にした。もう?乗り回している時間だ。

中古自転車と言っても、馬鹿に出来ない。結構、、いや?相当いいなぁ、、あれはぁ、、。

まだ高1なのに、170cmの私が見上げる背丈だ。私が高1の時は、163?cmくらいしかなかった。175以上あるなぁ、、。

さてさて、先日の写真整理が、まだ終わらない。

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2007年1月27日 (土)

極々零細建設会社取締役・・就任?

極々零細企業の建設会社で、非常勤の取締役になることにした。

元大手ゼネコン出身者が立ち上げた会社であるが、ほとんど稼働していない状況だ。創業社長は既に亡くなっていて、2代目は私の紹介した人が社長を勤めたが、バブル崩壊をまともに受けた後で、全く受注できなかった。

3代目は、この会社の関わっている特許の発明者であって、本来、この人が初代社長をやるべき人だった。だが、本人も自覚する営業ベタで、江戸っ子のような”べらんめい”の喋りで人を罵ってしまう・・という悪い癖があり、まるで人望が無かった。だから初代創業社長は、この3代目から三顧の礼を持って迎えられた人だった。

だが、この3代目も亡くなり、4代目となった。この4代目は、初代が大現場所長をしていた時の事務課長で、創業以来、この会社の経理をやっている人だ。

実は、私は、この大型現場に施工図屋として常駐していた。入社2年目に配属された現場だ。2年間常駐した。その間に結婚をした。仲人は、初代社長である、この大現場所長だ。

今考えても不思議だ。この大所長、後々本社に戻り取締役となって、上場されている中堅ゼネコンの社長に迎えられた程の人だ。何で?下請け施工図屋の新人社員の仲人を引き受けれくれたのだろう?

さて、4代目社長は、この初代社長が中堅ゼネコンに行く時、一緒に行った方でもある。初代社長が、中堅ゼネコン社長から会長になり退任された時、今回の極々零細企業を立ち上げた訳だが、この4代目社長も監査役として参加した訳だ。

初代社長に、なぜ?会社なんか作ったのか?尋ねてみた事がある。『雇われ社長じゃなくて、自ら作ってみたかった。原君のようにね』と言われた。

さて、今、細々と運営(うーーん?細々すら怪しいが・・)している会社を助けるべく参加するのだが、、、。

頑張ろう!!

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さて、今から、先日の相撲観戦と同期会の写真をまとめなければ・・・。

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2007年1月25日 (木)

三年先の稽古

以前から考えていたネット派遣(あるいはネット常駐)を進める為に、大宮、船橋、横浜、吉祥寺あたりに、営業所を持ちたいと思っている。

昨日は、朝から携帯に電話があり、事務所前の路上で1時間話をしていた。歩いている途中も話をしていたので、1時間半は、話していたことになる。

相手は、同業の施工図屋だ。中国施工図台頭で、持ち帰り施工図が無くなり、続いて現場常駐の単価も下がった事で、一気に立ち行かなくなった訳だ。

だが彼は、どうしても昔を忘れられない。まぁ、自然と借金が増えていく、と言う構図だ。しかし、建築の知識はある。だが、その技術を伝える手段が無いのだ。それどころか、生活がままなら無い。事務所を畳んでしまえれば良いのだろうが、仕事そのものはある。やればやるほど借金が増えるのだ。

まぁ、しかし、経理が分かっていて会社経営していたならば、何とかなったはずなのだが、技術者で経理まで分かるようだったら、既に、大会社にでもなっているだろう。めったにいない。

私自身は、技術者と経営者の中間であるため、何とか現在を生きている。しかし、もう限界が近付いて来ている。こんな事(会社経営)をするのだったら、今からでも”経営学部”とか”経済学部”にでも行って、学び直したいものだ。

ただ、唯一の利点は、東京に仕事を持っている事だ。たまたま、いくつかの大型現場に常駐して施工図を描いたため、人との繫がりが出来た事が切っ掛けではあるが、とにかく東京に仕事を持っている事は、安定を意味する。それも、大手ゼネコンである。こんなラッキーなことはない。

だが、いつまでも、”とりあえず仕事がある”という事に、胡坐(あぐら)をかいているわけには行かない。今から、三年先の準備をしていかないと、雇った社員達の先が無い。

私も既に52歳。今年で53歳になる。今は営業できているが、5年後10年後に、たとえ今の景気が続いていたとしても、そこまで長く、まともな営業が出来るはずが無い。

技術力のある人が、それなりの仕事を与えられる環境作りをして、更なる環境造りとし、最終的には環境創りに持って行きたい。相撲で言う”稽古”は、”三年先の稽古”と言われる。

現段階では『なに?ネット派遣?ネット常駐???』である。しかし、間違いなく、これだけ通信環境が進歩してくると、”全ての人が現場に集まって仕事をする”というスタイルは必要なくなる。”通勤する”という姿の技術者は、考えにくい。

今すぐにでも、九州のグループに、その対応が出来るようにしたいと思っている。だが、徐々に進めないと仕方が無いので、『大宮、船橋、横浜、吉祥寺あたりに、営業所を持ちたい』と、なるわけだ。

まぁ、私は、キッチリした目標は苦手である。今は、目に見えない”三年先の稽古”をしたいと思っている。

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昨日?だったか、幕下から十両に昇進することになった力士が発表されていた。3名だ。とすると、残念ながら幕下に陥落してしまう力士も3名となる。私の予想では、皇牙は4人目だ。ぎりぎり残ったかな?

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2007年1月23日 (火)

ギザ10・・その瞬間

いやぁ、、参りました。ギザ10が箱一杯。

昭和33年発行の十円玉は、発行総数が少ないのか、珍しいのだそうです。周りの縁がギザギザになっていて、現在の十円玉のように、ツルツルではありません。

うちの子供たちはキラカード?だったかな?

さて、私の場合、思い出すのは、のり玉のおまけ(だったよなぁ?)エイトマンのシールと鉄腕アトムのシール。おそらく、今でも実家の古銭を入れた箱の中にあるはず?

まぁ、、箱を開けるとギザ10が沢山入っている。うーーーん!涙が止まらなかった。

最近は、牛乳瓶のふたを集めている子がいたり、お酒の栓(コルク)を集めたりしている子がいましたねぇ、、。

これを使うと、もう帰れない・・・というお金を使ってパチンコ、、3回あります。一度は、月末の仕送り前の20日、しかし、大勝利で、月末には冷蔵庫まで買ってしまいました。

しかし、残り2回は、惨敗。馬鹿ですねぇ、、。

来週も観ましょう。『東京タワー』

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6勝9敗の皇牙について・・・・うーーーん!

私の予想。幕下から上がってきそうな者は、東筆頭の白石4勝3敗。東2枚目高見藤5勝2敗。しかし、東3枚目千代白鵬は?4勝3敗で?届かないのではないか?次に、西3枚目の北勝岩5勝2敗は、うーーん?ぎりぎりあるかな?まぁ、西4枚目の猛虎浪は5勝2敗だけど、難しいでしょう。

となると、2名は確実。3人目は北勝岩として、、うーーん、3名の昇進とすると、、。

十両から、幕下に陥落しそうな者は、西9枚目の須磨ノ富士2勝5敗8休み。東10枚目若兎馬1勝4敗10休み。そして、西11枚目皇牙6勝9敗。西12枚目若ノ鵬5勝10敗の4名となりますが、幕下から上がってくるかな?は3名とすると・・・1名残る。

で、皇牙は十両に残る・・・と予想しました。さて?どうかな?

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さて、本日は3つ目の賀詞交換会。これで、最後です。

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2007年1月22日 (月)

いつの間にか、チャンポン!

大泉学園に、長崎チャンポンの店があったのだが、無くなってしまって?もう、何年経つだろう?

賀詞交換会で名刺交換をした人に、我社を紹介しようとHPを確認した。

どうも?観辛いのでやり直した。強調したいのは、図面管理をするために、ネット上でCAD図面データを見る事が出来るという事と、動線シミュレーションに使えるCADデータである事だ。

まぁしかし、分かり易いように・・・、とコメントを足すと?、ドンドン分かり難くなる。

以前在籍した社員に、HPの更新を任せていた頃がある。彼女自体は、私がやっていたHPを引き継いだのだが、どのファイルが生きていて、どのファイルが不要なのか?ちょっとグチャグチャの感がある。一度整理しなければならない。

私の机の周りはグチャグチャだ。どうも?HPもそうなっている。

後輩から、『原さんは、なんでも一緒に進めようとするよね。一つひとつにしたら?』と言われたことがある。確かにその通りで、痛いところを突かれた。

何かやり始めると、次の何かが気になって仕方が無い。終わらないうちに、次を始めてしまう。今も、そうだ。『契約書をどうする?』という電話の合間に、これを書いている。

現場に居て、施工図をまとめている時、やはりそうだった。あれもこれも、全部が同時に動いているのだが、全部に口出ししていた。だがら、自分を図面作成や訂正の人員として配置する訳にいかなかった。一番当てにならないのだ。

再就職しようとして、面接のときに、『何が出来ます?』と聞かれ、『部長が出来ます』と答えているようなものだ。私自身が、我社の技術社員として、一番ダメと言うことだ。社員の皆さん!社長は当てにならないので、よろしく!

さてさて、先週は観る事が出来なかった『東京タワー』・・・今日は、観るぞ!

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2007年1月21日 (日)

大相撲終了

事務所にノートパソコンを置いてきたので携帯からだ。

いやぁ、千秋楽。ご贔屓の魁皇、皇牙、藤本、3人共に勝ちました!

魁皇は勝ち越し、皇牙はギリギリ?十両に踏み止まることができるか?藤本は来場所復活に繋げて欲しい。

今日は、散歩がてらに2kmは離れている床屋に行った。スッキリ!

実は、昨日は、床屋より遠い映画館へ行ったのだ。『ディパーテッド』を観た。で、本当は、今日も映画を観ようかと思っていた。でも、途中にある床屋を覗いたら空いていたので、散髪に変更。相撲は床屋さんで観戦。

さて今から007を観るか、何せ“あるある”は観られないから仕方がない。

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2007年1月20日 (土)

賀詞交換会3つの内2つ終了

昨日の賀詞交換会では、とても会うことが出来ない人に会えた。

賀詞交換会は、我々下請け会社にとって、如何に積極的に動けるかで、チャンスは広がる。新しい顧客開拓をしたくとも、現実は厳しいものだ。まず、門前払いが普通だろう。

小さな会社をやっていると、毎日のように勧誘の電話が来る。まったくもって失礼な電話が多い。どこで調べたのか、『原さん、居ます?』と、友達のような話し方で、いきなり言ってくる。

まぁ、賀詞交換会は、企業のトップが集まってきている。氏素性が分かっているから、心配はない。しかし、中々名刺交換なんぞは出来ないものだ。みんな交換したくて、うずうずしているのだが、積極的に出られないものだ。

お見合いパーティーなどで、異性に声をかける場面をテレビで観たりするが、似たようなものだ。しかし、合コンのように人数がピッタリ同じに設定してある訳ではない。あぶれる者が出る。それどころか、目の前に業界トップの人がいたりすると、緊張の塊になってしまうものだ。そのうち、誰かが清水の舞台から飛び降りる感じで・・・

『すみません!わたくし○○の△◇と申します!』

と言った途端、その人の廻りに人垣が出来る。出遅れると、決まった時間しかない訳で、あぶれてしまう。

昨日は、上手く行った。

何のことは無い。清水の舞台から飛び降りたのは私だったからだ。そんなトップと名刺交換をすると、逆に、こちらがターゲットになってしまい、こちらの周りにも人が来る。

<残念でした。私はゼネコンの下請け会社です。>

帰りの電車は、ご機嫌だった。

ところが、そうも行かない。時間帯からすると、相撲を観る事ができない時間だったので、電車の中で、携帯チェックをしたのだ。げげげっ!皇牙は負け越し、魁皇は当然、朝青龍なので負け・・・・。そのまま大泉学園で飲みに出かけた。

上手く行かないものだ。皇牙は今日も負けてしまった。うーーーん!残念だが、来場所は幕下に陥落だ。魁皇は必死の相撲で琴欧洲を破って7勝7敗。明日の千秋楽に勝ち越しをかけることになった。それにしても、もう一人の贔屓である三段目藤本は、なんと1勝5敗の大負けをしている。せめて明日は勝って、来場所に繋いでもらいたいものだ。

さてさて、来週火曜の賀詞交換会で最後だ。もうひと頑張りだな。

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2007年1月19日 (金)

何事もタイミングかぁ、、難しい。

昨日は、『利上げが見送り』になった。

こちらは、まだまだバブル後遺症が残り、借金の山である。何を間違ったか98年には建売住宅を買ってしまい、会社も自宅も借金の山、、山、、山、、、。

仕事は東京なので、バブルの頃以上にある。しかし、利益率は極端に低い。新たな借り増しの借入れはしなくても済むが、昔の借金は、一向に減らない。ある程度返済すると、また借りるの繰り返しだ。

従って、『利上げが見送り』って?誰のこと?何のこと?・・・である。

今、景気が戻ったから裕福になった・・・かどうか、アンケート調査してもらいたいものだ。高所得層の人たちくらいだろう、、○の人は、、。

過去、日本経済の浮沈の切っ掛けは、私ら一般の権限の及ばぬところから始まっている。

  • 消費税の導入・・・バブルが酷かったので、まぁ、、よし。しかし、バブルが弾けてしまうだろうという予測はついたはず。フォローが無かったのは残念、、、だが、導入せざるを得なかったかなぁ、、。
  • 消費税UP3~5%へ・・・どう考えても、大チョンボ。導入が早すぎた。
  • 現役総理大臣の死亡・・・防ぎようがない残念な事だったが、復活の兆しが吹き飛んだ。私は、当時の安定化策のお陰で、死なないで済んだ。
  • 構造改革・・・起承転結の『起』でしかない。『承』『転』『結』と完結するまでやるのが本当だろう。やりっぱなしだったら私にでも出来る。

まぁ、、どうにもならんのだろうか?

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2007年1月17日 (水)

あれから12年・・・

阪神大震災から12年過ぎた・・・らしい。

恥ずかしながら、現地にも行ったはずなのに、意識が薄い。あれだけ沢山の方が亡くなった?という感覚が無い。現地に行ったとき、既に阪神電車が途中折返し運転をしていた。

義理の弟(大学時代の友人)が、地震前に、尼崎から東京に転勤になっていた。彼の担当した建物の状態を診たいと言うので、阪神電車に乗った覚えがある。それが、何月だったか?思い出せない。

さて、昨日のNHKで、クローズアップ現代という番組を放送していた。超高層ビルでの避難について話していた。建築では、二方向避難を確保することは常識とされているが、二本の避難階段の内、一本しか使えない想定で話をされていた。まぁ、、条件は色々と想定されるだろう。

番組の中では、一斉避難(全館避難)の場合を想定し、もっと検討すべきだと言われていた。その通りかもしれないが、中々難しい。建築の場合、大量生産している訳ではないので、一つとして同じ条件は無い、と考えるべきであるからだ。ただ、以前も書いたが、避難安全検証法に基づいたものではないが、ある程度の動線シミュレーションをやることはできる。

劇場(ホール)1300名の動線検討

ホテルの動線検討

オフィスビルのコア部分の動線

階段室右回り左回りの比較検討

おそらく、この検討を細かくではなく、大まかにやったとしても、莫大な時間が掛かるだろう。しかし、この検討をしないと、建物を建てられないとしたら、まぁ、、5年間くらい、新規着工のビルは現れないかもしれない。

ただ、建物を作る際のCAD図面さえあれば、ある程度時間を掛けると、この程度の検討はできる。我々施工図屋としては、設計者の意図を読み取ることが?難しいような物件があったりするが、動線を見せられたりするすると、『はっ、はぁ~ん。そんな使い方かぁ・・』などとわかるものだ。まぁ、逆に、素人のお施主さんには、もっと強烈に写るだろう。

これも以前書いたが、宿泊するホテルを事前に調べる時に、インターネットで調べる人は増えているだろう。しかし、避難経路図までは調べない・・・と言うか掲載されていない。

同じように、自分の子供が通う学校で、避難訓練!! などがあるだろうが、避難経路を見る事が出来る学校が、はたして何校あるか?ましてや、事前に検討してあるような学校があるだろうか?

いくつか検討していて、『あぁ、、そうだよなぁ、、』と思ったことは、ホテルやマンションは、意外と宿泊している人が少ないので、シミュレーション的には逃げられる!と感じたことだ。オフィスビルに比べれば、まったく心配なしと思える。まぁ、しかし、地震の場合、避難経路そのものが壊れてしまったのでは、シミュレーションにもならないのだが・・。

我が家は、まだ地震保険に加入していない。が?保険証券がどこにあるか、加入している事の証明とか?どうやってするのだろう?

これも以前に書いたが、私は以前、大腸がんであった。幸い、小指の頭ほどあったのだが、ポリープ状であったため内視鏡手術で済んだため、入院も無かった。だが、三大疾病保険に加入していたから、ガン保険金が出ると思っていたら”ポリープはダメ”なのだそうで、結局、手術給付金で終わってしまった。そんな事もあって、どーーも?保険を信用できないでいる。

さて、私は”戦争を知らない子供たち”であるが、”阪神大震災を知らない子供たち”も相当いるらしい。冒頭に書いたが、現場を見て来たはずの私でさえ、記憶が曖昧だ。そのことを伝える事は、難しいだろうが、努力しなければならない。

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2007年1月16日 (火)

同期会は大相撲

昨日は、『東京タワー』を観ることが出来なかった。

だが、”東京タワー”をよく知る、”筑豊から東京に出てきたメンバー”である同期が集合した。いやぁ、、楽しかった。今でこそ、東京人の顔をして仕事をしているが、、、まぁ、、半端じゃない人生だったであろうメンバーだ。一を言えば、十を知ってくれる。私のように、今でも”あれ?”という状態だと、正直言って”ホッ”とする仲間だ。しかし、甘えすぎるとお叱りも来る、有り難い仲間でもある。

実は、九州から画家である同期生が、夫婦で上京してきた。山本寛斎氏が監督・総指揮を務めた『太陽の船』を観るためと、大相撲を観るためだ。彼は、銀座日動画廊で平成12年最優秀賞である『昭和会賞』を受賞した阿部直昭君で、我々鞍手高校25回卒業生の中では、目立つ存在だ。彼の上京に合わせて同期会が企画された訳だ。

企画には、大相撲観戦があった。彼は、以前中学の美術教師をしていた頃、ユニークな生徒を持ったことがある。現在、大相撲で弓取り式を行っている十両の『皇牙』である。先場所の九州場所で、場所終了後に皇牙が故郷直方を訪ねるさいに、彼の絵が展示されている美術館を訪ねている。新聞でも紹介されていた。

『東京タワー』を見逃したのは、この集まりの真っ最中に放送だったからだ。流石に、場所中である。皇牙は、一滴の酒も飲まなかった。これ精進。昨日は、その成果が出て4勝目をあげることが出来た。頑張れ!皇牙!

さて、皇牙は、十両の取り組み二番目であった。向こう正面上段に陣取った我々は、大声援を送った。後で聞いたところ、声援はシッカリ聞こえたそうである。落ち着いていたんだなぁ、、。見事勝利!

さてさて、その後、珍しい一番を観ることが出来た。北桜-琉鵬戦である。最初の仕切りで”あれ?”ひょっとして・・。と思ったので、『北桜の大量の塩まきは、観れないぞ!時間前に立ちそうだ!』と、仲間に注意を促して、次の仕切り!・・・・・バッ!時間前に立った!

まぁ、、滅多にお目にかかれない。

まだまだ、館内は十両の取り組みで、あまり掛け声を掛ける人も少ない頃に『皇牙!!』『おぉーーがーー』と騒いでいたので、チョイト、テレビに写ったらしい。まぁ、、その騒いでいるところで、『ぉおっ?時間前に立つぞ?』などと言っている訳だから、まぁ、土俵より目立ったかもしれない。

楽しい同期会であった。

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2007年1月14日 (日)

元気の源が必要。

太陽の船を観て来た。

音が凄かった。『元気になりましたか!』って、、、圧倒されて・・。なんとか元気にならないと!

帰りに、よく行く池袋地下街にあるカレー屋さんに行った。と!向かいのそば屋が無い!カレーを食べようとして行ったが、そば屋の方も、よく行く。

二十歳で大学に入る、という?遅咲きの私が、もう、32年通った“そば屋”だった。ショック!

元気をもらったはずなのに!痛い!

明日は、国技館だ。

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2007年1月13日 (土)

ベテラン施工図屋

魁皇が、苦手?としている琴光喜を破った。正直、ホッとした。

いや、土曜日ではあるが、事務所に来ている。実は、年末の掃除が終わっていない。挨拶回りでカレンダー配り、年賀状は正月に食い込み、そう、、、何と今が大掃除。

昨日は、事務所玄関を洗剤で洗った。まぁ、、これだけ汚れていたら、神様は来ないよなぁ、、。

しかし、相撲だけは観たい・・・どうやら千島列島?で、地震だ。津波警報が出ている。相撲をやっていない。仕方ないので、掃除の続きをやっていたら、電話だ。

休みなので、電話を取りたくなかったが・・・仕事の電話だ。有り難い。また、九州に送れる。物件は小さいが、まぁ、無いよりは良い。ただ逆に、仕事が重なって来ているので、ちょっと心配。だが、何とかやってもらえそうだ。娘さんが来月結婚する事もあるが、いつものように頑張ってくれるだろう。

彼は、酒は強くない。だが、この正月に、結納にもらった酒だったこともあるのだろう、相当飲んだらしい。しかし、悪酔いをしなかったと自慢していた。まぁ、、さぞかし美味しい酒だっただろう。

年末から、九州のメンバーに出せる仕事が増えてきた。何とかなりそうだ。

年明け早々、大手ゼネコンより『原さん、そろそろ施工図復活しないかなぁ・・?』と言われたが、冒険は出来ないので、お断りした。

あぁ~あ、もったいない。でも、あの単価では、首を絞めるばかりだ。結局、中小ゼネコンから仕事をもらうしかない。中小が大手に対抗するには、品質で勝負するしかない。だから、うちのベテランを使うしかないのだ。中小は、大手のように、何層にも分かれた人材はいない。うちの図面を引き継ぐための、現場常駐施工図屋はいないのだ。社員である彼らが自ら訂正する。大手の現場員には、考えられないことだろう。

さて魁皇。明日は、白鵬戦だ。いよいよ大関同士の対決だ。皇牙も勝ったし、今日は良かった。さて、家に帰ろう。

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2007年1月12日 (金)

東部劇か・・・これより三役

昨日、そうだ!相撲だ!と思ったとき、既に魁皇は、同じ福岡県出身の琴奨菊に敗れていた。

しかし、琴欧洲-露鵬から観ることが出来た。旭天鵬-白鵬と続き、朝青龍-時天空ときた。うーーーん!これが千秋楽であったなら、『これより三役』は全て外国出身力士・・と言うことになる。

以前、西部劇と大蔵省と言う題で、このブログに書いたが、私自身の血筋が確りしたものであるならば、私は中国人なのだ。ただ、1000年以上前に日本に来たか、最近来たかに違いがあるだけだ。

同じ土俵に上がって勝負しないと、比較検討できない。建築施工図の力量を測るに、現場常駐している者と、持ち帰り支援している者の比較は、簡単にはできない。互いに、相手の文句ばかりを言う事になる場合がある。まとめて行く手法が異なる場合、話は平行線となる。不毛だ。

今年の年賀状に、上に書いてある『大型テレビ安くなりました。IP電話は無料です。図面屋はネット派遣になる時代が来ました』と書いて出した。40インチの大型テレビを購入したことで”説明できる!”と思ったからだが、狙いは当然『同じ土俵』である。雰囲気は、40インチの大型テレビを見て欲しい。

まぁ、、しかし、隣の席に座っているのに、メールでしか話ができない奴もいるし、、無理な点もあるかもしれない。だが、やってみよう!

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2007年1月11日 (木)

まだか?中国元の切り上げ

昨日、同級生の旦那さんが亡くなられた。3日に倒れ、昨日亡くなったのだそうだ。二人は同級生同士の結婚だったそうで、中学時代に同じ学校だったので、共通の友人がいたようだ。ご冥福をお祈りします。

しかし、5日は友人の母親が亡くなり。また、訃報である。どうも、いかんなぁ、、。

さて、報道によると、本日1/11に、中国元が1ドル7.7977元と、7.7元台に突入した。と、言っているが、どこまで影響があるか?

このブログを始める前、弊社HPで『元の切り上げ』について書いた。04.09.06のことだが、言いたい事は、そう変わっていないようなので、コピーしてみよう。

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●図面単価 中国『元の切り上げ』 04.09.06

昨日も、このHPを見て『施工図の仕事をください』と、中国からメールが届いた。

新聞テレビの報道で、中国本土では都会と地方で賃金格差がトンでもなくかけ離れているのだそうだ。映像を見る限り、その通りなのだろう。しかし、その中国の都会と日本には、更に格差がある。1/20と聞いた。

現在、施工図の単価は、各社バラバラで、何を基準にはじき出した価格なのか?とんと見当がつかない。先日、反抗期の長男(高2)がイタリアンレストランの裏方のバイトを始めた。時給850円という。800円くらいが普通なのだそうだから、チョット条件がいい。一般社員と同じ1日7時間で週5日ほど働くとして、一月22日間という計算をしてみる。

850×7×22=130,900

高校生に、こんなに払うのか!と驚く。

我々の図面単価は、15,000~30,000円(いや?これも正しくない、今や20,000円か?)1回の訂正作業(チェック訂正)込みというのが最近の話である。あるひどい会社は『「請負」でやってくれ。請負ということは請負だ!訂正も込み』と何度訂正しても、『追加の請求は無し。』と言ってきた。設計変更は付き物だ。もし、設計変更が微々たるものなら、初めから設計図という『絵』は描かず施工図を描くであろう。

新規にA1で1/50の施工図を描くのにどれくらいかかるかというと、1年を通して検討してみると、1月平均15枚程度である。作業時間は、一月22日(1日7時間)作業で残業40時間とすれば

22×7+40=194(約200時間) 従って、194÷15=12.93(約13時間で1枚の作図)

1枚20,000円の施工図として 20,000×15=30万円 これを200時間で割って時給1,500円となる。

これが、使える図面を描く者の時給である。チェックが必要なオペレータの場合、チェックマンのチェック時間と無駄な作図と誤りの図面を訂正するオペレータの訂正時間がプラスされる。チェック作業は意外と時間がかかる。としても、計算上1枚2時間としよう。新たな訂正作業は、簡単な直しであっても消して描くわけなので意外と時間がかかる。まぁ、これも3時間としよう。1枚あたり5時間の追加 13+5=18時間で1枚 となる。

1月15枚の作図であるから15×5=75が200時間にプラスされ275時間となる。 30万を275時間で割って時給1,090円となる。CADを使い、建築知識もゼロではない、そんなオペレータの時給はおおまかに1,000円か?いや、間違っている。彼等を手配した者がいる。たとえば派遣会社。派遣会社の取り分を15%としてその分を引くと時給850円となる。更に!更に!何度も変更があっても『請負だ!』と言われると?

もう、バカバカしくなる。高校生のバイトの方が時給は良い。そんなオペレータが作図した図面を見て『間違ってる!何だこれは!』という者が指示・命令してできた建物、この建物はたして価値があるだろうか?日本版リートが盛んになってきた現在、『造るだけ』は不可能。(この部分後述する)

『訂正に、そんな時間がかかる訳がない』という者がいる。まぁ、1度やってから言って欲しい。

えっ?という訂正作業
・12.5+9.5のボード二枚張りを12.5+12.5の二枚張りに変更
・躯体のフカシ厚を変更

いずれも、指示書には1行だ。簡単だろう?やってみてもらいたい。ちなみに、設計図によくある910とか1205や1210の数字が何故そうなるのか、ちゃんと理解している人が『訂正に、そんな時間がかかる訳がない』と言っているか確認してもらいたい。ついでに言うと、CADは、1205ならば1205と入力して利用する。数字だけ変えることをすると、次の変更に耐えられない。

さて、前置きが長くなったが、この仮に1枚20,000円の図面を、中国ではいくらで作図するのか?弊社HPに来るメールから判断すると7,000円というのが相場のようだ。約1/3だ。中国の都会との賃金格差が1/20とすれば、20,000円の1/20は1,000円ということになる。利益は6,000円。85%である。いい商売をしている。安さに付いて、はっきり言ってかなわない。『内容が伴わなければいけない部分に、多少難が有っても、この安さである。「絵」である設計図から第一段階の検討に事たる内容の施工図であるなら問題ない。』とされては歯が立たない。先日見たある図面は、意匠図を拡大して適当に寸法を足したものだった。それなら、うちの次男(中2)でもできる。

しかし、最近は内容の伴った図面も出て来ている。だが、残念なのは、日本の設計は中途半端で終わっているのいるので、詰め切れていない(だから施工図が必要なのだが)。日本では、『1回の訂正を含む』という、よく考えるれば??といえる項目が施工図見積時点にある。海の物とも山の物ともつかない『1回の訂正』とは何だ?それを日本以外の国に、何と説明する?請負とは何だ?

結局、訂正作業を国内で行うしかない。誰がやっているか?オペレータである。ピザ屋でバイトする高校生と大差ない賃金のオペレータが訂正するわけである。彼らの訂正した図面に何を期待する?完璧を求める者が多すぎる。チェック機能を働かせていると作業が終わらないのであるから、言われただけのことをやる程度しかないのだ。しかし、間違いは間違い。そのオペレータはクビなのだろう。高2の息子に、そういう話をしようとすると、妙に勘がよく、サッさとどこかに行ってしまう。

やっと本題である。

1994年1月30%の元の切り下げがあったそうだ。1ドル=8.27元で維持しているらしい。これが現在も続いている。これに続き、95年Windows95が出て以来、日本だけでなく、世界は一変することとなる。98年のWindows98は、それを決定付けたと思う。政治的には、天安門事件や香港返還などが、今の体制に繋がるのかもしれないが、技術的にはこのWindowsというOSが転機だと思う。

技術をアッ!という間に縮めたのは、パソコンの普及に他ならない。

今、『元の切り上げが』話題である。『どうやら20%は上がるだろう。』などという話を耳にするが、30%上がったとしても、元にもどるだけだ。 『1枚7,000円で作図する』と言っているのが9,100円になるだけだから、引き続き、中国に図面を発注するだろう。半額以下なのだから敵はいない。さて、そうなると、我々日本国内で図面を描いている者はどうなるか?である。

今日、この時は『安い、安い』で重宝なのだろうが、建築は、施工図は、オペレータだけで出来るのだろうか?オペレータを指示するチェックマンは、どうやって建築業界に生まれたのだろうか?やはり新人の時代があり、一つ一つ理解し覚えて行ったのではないだろうか?オペレータ的時代を経て現在ではないだろうか。

元請のゼネコンは、底辺を支える人材の育成は考えていないのだろうか?

話をしていて分かった事がある。あるゼネコンで、この話題で会議があった。優秀な人だったと思う。しかし、欠点が一つ、『下に降りて来れない』その会議では、結構自由に物を言わせてもらった。しかし、これだけは言えなかった。

『そんなに施工図屋が儲かって簡単だと思うなら、今の会社を辞めて施工図屋になってみたら?』

『元の切り上げ』をするならば、パソコンもここまで普及している事だし、50%以上にしても十分やっていける国力が中国にあると思う。人口も日本の10倍いる訳だから、地域経済の格差があっても、人材は豊富のはずだ。まぁ、しかし、一気にやるのは無理があるとしても、そろそろ話題の20%程度の切り上げはやってもらいたいものだ。

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まぁ、こんなものを書き始めていて、『うーーん!こりゃぁブログにした方が面倒が省ける』と思ったことが、このブログを始めるきっかけだ。

しかし、もう元の切り上げがあってから、1年以上経ったいるが、、、そうなの?という程度で、まるで変わらない。逆に、中国に飛んでしまわれると、エライ騒ぎになってしまうくらい依存している。

まぁ、私の言っていることは、負け犬の遠吠えにしか聞こえないので、堺屋太一氏のビデオコラムが掲載されている『市民メディアイン・ターネット新聞』というのがある。勉強になる・・・が、全部聞くには、、時間が掛かる、、いやぁ、、いかんいかん!勉強せねば!何せ、今までサボりすぎた。

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2007年1月10日 (水)

浦島景気?

経済誌によると、再来年2009年4月に国民年金の国庫負担が三分の一から二分の一に引き上げられるため、その財源確保のため『消費税』がUPされるであろう・・・と書いてある。

大方の読みは、その辺までは、東京の好景気は続くであろう。との事だ。うーーーん!東京に居るが、本当の好景気は感じられない。確かに仕事量はバブルの頃より多い。しかし、まったくもうからない。

2007.01.10~2009.03.30 この期間を過ぎると、どうなるのだろう?2008年には、北京オリンピックがあるが、オリンピックや万博の後、その地域の経済は、ドン!と落ちる。今や日本のエンジンである中国は、どうなるのだろう?

どう考えても、それまでには借入れ金額を減らさないと、今度こそアウトだ。しかし、そんないい手は浮かばない。”宝船”の話は、まだ来ない。ちょいと焦るなぁ、、。

本業は、問題無く100%受注できていると言ってよいだろう。消費税導入前は、駆け込み需要もあるからだ。しかし、その後だ・・・・。

『団塊の世代』という言葉の生みの親である堺屋太一氏が、今の景気を『浦島景気』と名付けられていた。東京という竜宮城だけが景気が良くて、あとはビックリ玉手箱、となる景気なんだそうだ。うーーん!私ら下請けには、『竜宮城』ってのは、『普通に仕事があるくらいの程度』と言う事か?

さてさて、弊社社員は、次々と超大型現場へ常駐している。有り難い事だ。

しかし、”浦島景気後”は、そんなに先とも思えない。消費税導入より前の北京オリンピック後ではないか?とすると、あと1年チョットだ。堺屋氏は1000日後には劇的に変わると言われていたが、そこまでも掛からない気がする。

何故かと言うと、今の建築業界は、中国に、おんぶに抱っこだからだ。何だかんだと言いながら、建築業界が与える影響は計り知れない大きさだ。中国が立ち止まるような事にでもなれば、大変だ!と言ってる程度では済まない。

だからと言って、今更、中国に行ったものを戻してもらっても、もう対応できないだろう。既に、そんな力は残っていない。第一、組織が崩壊してしまっている。

そこに、団塊の世代の退職、年金生活が始まる事になる。技術は継承されていない。せめて、再就職先の受け皿になれるよう頑張ることで、技術を継承したいものだ。『覆水盆に返らず』となる前に、何とかしたいものだ。

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そうそう、今日の魁皇、昨日のチョンボを取り戻したかな?

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年明け、色々動き出しました。

昨日の魁皇・・・・『なにをやってんだ俺は・・』って顔でした。毒気に当てられたのか朝青龍まで、ぶっ飛んでしまいました。

さてさて、昨日は、得意先から図面単価UPの提案を頂きました。しかし、『既に、遅し・・』の感は否めませんが、ここは一つ、これを機会に逆転を狙わないと・・・。

年賀状が続々届いています。と言うのも変で、届いたから出す?なのかなぁ・・。

年齢と共に、色々と問題発生しています。友人のおふくろさんが5日に亡くなりました。既に、密葬されていて、知ったのは昨日の9日。さて、どうしたものか?どうすればよいのか?

『東京タワー』の撮影場所は、どこ?で、検索してくる人が多いようです。あちこちで撮影し合成した感じがしますねぇ、、。情報ほしいです。油須原駅とか、下伊田?ホームとか、内田三連橋も写っていたような?姪っ子に言わせると金田もあったはずなんだけど?と言うし、わからないですねぇ、。もう、後は東京のシーンばかりなのかなぁ、、?

さぁて、贔屓の3人(魁皇・皇牙・藤本)は、揃って黒星・・残念!今日は頑張れよ!

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2007年1月 8日 (月)

毎週観られるかどうか、心配!

ノートパソコンのバッテリーが、そろそろ限界に来ている。

高校サッカーは、盛岡商の優勝でおわった。中々見ごたえのある試合だった。高校野球もそうだが、”もう一度高校生になったら!”と思ってしまう。また、あの監督さんには、頭が下がる。”人生は1回!”なんだ、と思い知らされた。負けずに頑張ろうと思う。

さてさて、今日は大関陣がバタバタと負ける中、魁皇は2勝目をあげた。

右の合い四つ、稀勢の里に、何と!右上手を切られたところからが、魁皇の真骨頂だった。あの怪力魁皇の右上手を切ってしまうのだから、稀勢の里は凄い。が、しかし、ここ3場所の負けが、ここで生きた。

切られた右上手を取るぞ!と見せかける動作(相手の稀勢の里の左脇をポン!と叩くかのような仕草)をした瞬間、稀勢の里の反応は、かいなを返すように脇が開く。その開いた脇を差した魁皇、もろ差しだ!もう、その瞬間、、稀勢の里はあきらめてしまった。

怪力だけが相撲じゃないんだ、と言う、ある意味教科書のような攻めだった。先場所に続き、ひょっとすると?ひょっとするかもしれない!と、思わせる相撲だった。

さてさて、次は、リリー・フランキーの東京タワーだ。原作の設定を変えてきていた。高校も地元を卒業するようになっていた。それに、筑豊の象徴である香春岳は田川だ。宮田ではない。

しかし、本は事実の通りなのだろうが、まぁ、テレビドラマとしては、短時間に、あの感じはだせないだろうと思っていた。まぁ、、普通に戻した・・・みたいな感じだ。本の方は、事実なのだろうから、少し重すぎてドラマ向きではないなぁ、、と思っていた。しかし、どうだろうぜんぜん違った。前回の大泉洋のときより良さそうだ。

意味も無く、東京に行けば何かある・・。と、無理やり思い込もうとしながら上京する・・・・うーーん!思い出してしまった。あの調子で、あと5分でもやられたら、、、。

まいった!になるところだった。期待できそう。来週や、その先が楽しみだ。

あっ、そうそう、贔屓のフジテレビアナウンサー宮瀬さんは、アナウンサーでは、運動神経が1番だ。ということになっていた。  と、これも忘れずに

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2007年1月 7日 (日)

東京タワーと平成筑豊鉄道金田駅

魁皇は、勝ったようだ。良かった。

さてさて、明日の月曜9時から『東京タワー』がフジテレビで放送されるらしい。うーーん!やる人には、難しいドラマじゃないかなぁ、、。筑豊の、あの雰囲気は『青春の門』くらいの時代ならば作りやすいだろうが、あまりにも最近の事なので、どう?作ってあるのか・・?

以前、姪っ子からメールが来ていた。

『金田の駅で、撮影しよったんらしいばい、そいけど、だーれも気がつかんちゆうか、、、気にしちょなかったんちぃ、、なしかちゆうたらねぇ、あんまし田舎き、本当に気がつかんやったんごたるねぇ、、普通なら、速水もこみちとかおったら、大騒ぎやろうもんねぇ、、』

『金田の駅で、撮影をしていたらしいけれど、誰も気付かなかったと言うか、気にもかけてなかったみたいなんだって、、、何故かと言うとぉ、、あまりに田舎だったので、”撮影”って事に、本当に気付かなかったらしいよ、、普通だったら、速水もこみちが居たりすると、大騒ぎになるはずよねぇ、、』

まぁ、平成筑豊鉄道の宣伝にはなるだろうが、少々宣伝になったからと言って、観光に来る人は、、いないかなぁ、、。夕張には行った事はないが、同じ元炭鉱町としてなら、夕張の方が、まだ残っているんじゃないかなぁ?

まぁ、撮影と言えば、この大泉学園は、そこいらで頻繁にやっている。だが、いつも主役が見えない撮影だ。しかし、姪っ子の話では、あの”速水もこみち”がいたのに、女子高生どころか主婦もいなかったみたいだ。あーーー、我が故郷は田舎だなぁ、、。

本来ならば、宮田方面で撮影があるべきなのだろうけれど、まぁ、、博多に近く、トヨタの工場も来たことだし、適当なところが無かったのだろう。おまけに、とりあえずはJR管轄だからなぁ、、それに引き換え、平成筑豊鉄道は”私鉄”になってしまったから、融通が利いたのだろう。

そうそう、私が子供の頃、小1?くらいかな、あの金田駅を出て左に”佐々木食堂”があったが、そこで映画の撮影をしていたことがある。あの親父さんのチャンポンは旨かった。

駅を出て右斜め前には、”中山食堂”があり、駅前広場を方城に向かうと、右に”植木食堂”が有った。今は、一件も無いなぁ、、。

この3件の食堂は、実家の酒屋の得意先だった。小学校の頃から配達をしたものだ。駅前広場に面して、バーも一件あったなぁ、、そこも得意先だった。タクシー乗り場もあった。大きな果物屋もあった。

あの頃、『トンでもなく田舎だ』と思っていたが、今は、トントントントン・・・でもなく田舎だ。

平成筑豊鉄道金田駅から直方方面に向かうとき、駅から僅かに行くと家並が切れるところがある。以前、ちいさな無人踏切があったのだ。今はどうだろう?

私が、東京に行く時、この踏切の側に、父と母が立っていた。駅のホームで見送りではなく、この踏み切りに立っていた。今、いま思い出しても、涙が止まらない。

18の春、浪人生として東京の予備校に行くためだった。直方で乗り換えの時、今は宮崎にいる友人が見送りに来てくれた。これも忘れられない。

東京で、三畳一間のアパートに住んだ。中野の沼袋だ。

馬鹿だった、、。パチンコ、麻雀、競馬・・。予備校には、何日行っただろう?

あの年の暮れ、アパートの住人と明治神宮に行く事になった。12月31日だ。ところが、パチンコの調子が悪く、ほとんど無一文に近かった。だが、彼らと明治神宮へ行ったのだ。正月元旦になり、さてアパートへ・・・と、彼等は、今から田舎の群馬に帰ると言うではないか、、、一人、沼袋のアパートへ・・。年末に、母からダンボール一杯の仕送りがあった。もちとインスタントラーメンを食べて、正月を過ごした。

私の長男は、今、その私の年と同じだ。奴は、優雅にスノーボードだ。

近くに、コンクリートで護岸を固めた”神田川”があった。まぁ、、その年、あのかぐや姫の神田川がヒットした。本当に、三畳一間に住んでいた。彼女は当然いない。

当然、行ける大学はひとつも無く、田舎に戻る事になった。田舎で二浪目をやることになった。だが、またまた馬鹿を続けてしまう。もう、、どん底だった。

東筑高校の予備校に行くが、付いていけなかった。まぁ、、当たり前だ、何もやってないのだから・・・。

しかし、どうにか大学に入学できてしまった。また東京。

それ以来、ずっと東京だ。

さて、明日からの『東京タワー』、どんなものか期待しよう。

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2007年1月 6日 (土)

ロストジェネレーション

勘違いしていた。明日から、大相撲初場所の初日だ。魁皇・皇牙・藤本には、活躍してもらいたいものだ。

昨日は、得意先や新しい現場、登記所、銀行・・と行った。歩数は14,466歩、10k以上歩いた事になる。万歩計を使い始めたのが12月6日だから、1ヶ月が過ぎた。毎日記録しているが、260,128歩、195k歩いた事になる。一日平均8,391歩、大人の男子の平均くらいだ。

しかし、自分としては、けっこう・・・歩いているつもりなんだがぁ、、。平均かぁ、、。

今日は、さぼったつもりはないが、2,000歩程度だ。なにせ、朝から雨が酷く、とても外に出られなかった。結局、雨の中、駐車場に車を取りに行った時の歩数程度となった。

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さてさて、年末年始とテレビは時代劇だ。忠臣蔵に始まり、白虎隊まで続く。

理不尽な事は、あの時代だけだったか?・・。時代に翻弄される事は、今も同じだろう。あからさまに『死』に至る話では無いだけで、真綿で首を絞められているような状態を、気付かないで居るだけだと思う・・。本当は、怒らなければならないことに鈍感になっているだけではないだろうか?

ロストジェネレーションとして、25歳から35歳を当てはめ、朝日新聞に掲載されているが、何も25歳から35歳だけではない。『バブル』『バブル崩壊』『失われた10年』と、ある意味”戦争”でもあったかのような喪失感を感じる。この時代を通り抜けている真っ最中の我々全てが、ロストジェネレーションである。一部の人は回復しているのだろうが、そう、、8割の人は、”景気が良い”とは思っていないだろう。

さて、そこに、憲法九条を改め、軍隊を持つのだ!と騒いでいる者がいる。死ぬのは誰だ?自分では無いだろう。しかし、おそらく、国を守る・・・と言うより、家族を守るためには私は戦う。その延長に国、世界がある。誰が見ても自衛隊は、既に軍隊だ。名目はどうでもいいではないか、、。そう、、現状に即していない事は百も承知。下らないと思う討論を100年も200年も、いや1000年でも続けることだ。

憲法九条を世界遺産に!と言っているのを聞いた。ある意味、正しい。

何故か?改憲してしまうと、良い悪いに関係なく『正しい討論』が無くなるからだ。

『それはおかしい!』『いや、そうじゃない!』

あきらめず、討論を続けよう。子供を守るために。

お正月に初詣をやって、バレンタインデーをやり、お盆もやってクリスマスも祝う。何でもありの日本だ。少々?違憲状態であろうが、そのままやれるのが日本だ!だが、やるときはやる!憲法九条を世界遺産・・中々おもしろい。

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2007年1月 4日 (木)

仕事始めの電話

去年の積み残しは無い・・と思ってた。

うーーん、、、あったなぁ、。求人面接をしてた。

ちょっと、悩み多き人だったようで、うーーん、、仕事というものに納得が行って無い状況で、、まだ、働く・・という状態ではないみたいだったなぁ、、。何とか、期待に答えられるレベルの会社になっているかと思っていたがぁ・・。違ったみたいだ。断りの電話が来た。

今日の朝日新聞にもあった。25歳から35歳の人たちの事だ。『失われた10年』の間に就職した人たち、という言い方だった。私達の頃は、『オイルショック』だ。

とにかく、就職・・と言うか、仕事が無かった。昔々も『大学は出たけれど・・・』と言うのもあったなぁ、、。

今更、普通に再就職・・って、出来ないのだろう。どこか懐疑的になってしまうのだろう。残念ながら、こちら側に、それを吹き飛ばせるようなオーラーは無い。極零細企業だ。借金の山は、一向に減らない。

新卒と中途採用では、受け入れ側が思っている以上に、天と地の開きがあるようだ。『失われた10年』の世代は、とりあえずの就職をしても、ミスマッチの連続だったのであろう。バブルの頃とは違った転職を重ねてしまっている人たちのようだ。どこかに『こんな・・・こんなはずじゃぁ・・なかった・・。』という気持ちを持ちながら、求職活動を続けているのが伺える。

さてさて、明日は普段より早い。朝一で大○○の本社に行かなければならない。おぉっと、、もう少しで12時だ。早く寝なければ・・。

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2007年1月 3日 (水)

明日は、仕事始め

『お金をかけると良い家が出来る。でも、お金をかけないと良い家は出来ないのか?』

今日は、さすがに事務所には出かけなかった。でも、歩け歩けをやらないと!という、少しの不安があり、チョイト遠くのTジョイまで歩いた。往復で、約6800歩。うーーーん!大人の男性は、一日平均8000歩は歩くらしい。それにも届かない。

さて、お正月休み、テレビを観る事は仕方ない世の中だ。まだまだ、お出かけを豪華に出来る状況に無い。正月からは、日ごろ観ていなかったCMを観る事となる。その中に、『お金をかけると・・・』がある。

確かに、そう思う。

一般の人が知るCMとは、コマーシャルメッセージの略だ。しかし、建築では、コンストラクションマネージメントと言って、建設プロジェクトを管理推進していく方法のことを言う。ようするに、建築主(施主)がゼネコンなどに頼らずに、直接業者を選択して施工していくのだ。ちなみに、CMrをコンストラクションマネジャーと言って、この人たちがそれをやる。これを専門にやるCM会社がある。ゼネコンとは別ものだ。

まぁ、、?どうなんだろう。建築後にも、何かと面倒を見てくれるのは、ゼネコンだ。CM会社は?中々難しいところがあると思う。まずもって、契約(図面)の通りに造る事、それ自体が難しいものなのだ。あとのフォローが欲しいところだ。どうしても、理想論を振りかざし『そんなに掛かるはずが無い!』と言っているだけに感じる。逆にゼネコンは、カッコよく請負をしようと思うからつけこまれる。

設計は、『こうしたい』であって、『こうやる』ではない。と言う点を知ってもらいたい。だから、その理想の時点で『請負契約』をするのは、本来無謀な事だ。だがしかし、決まってない時点で契約しないといけないという、妙な話がそこにある。

『出来上がった完成品を買う』というシステムではない。だから、どうしても無理がある。博打で言うなら『サイコロを振っていないのに”賭ける”馬鹿はいない』はずなのだ。せめて、振ってから賭けるものだ。

建築の精度は、機械で言う精度とは比べられない。木を切るために墨を打つ。その墨の幅は1mmはある。のこぎりで切れば1mmの厚さはある。それを”流石!”と言われる精度で造れる大工の日当はいくらだろう?

『お金をかけないと良い家は出来ないのだろうか?』と言う。出来るはずが無いだろう。無理難題を言って、”上手く行ったら当たり前”では、日本の技術力は維持できない。

そう・・・確か、例の構造問題のとき、ボロクソに言ってた人がCMをやっているようだが?両方の話を同時にしてもらいたいものだ。矛盾していないだろうか?

末端で働いている者達にとって、まったく経済は復活していない。東京の学生がバイトでもらう時給は800円くらいからだ。地方で建築をやっている者達は、500円にもならない。なのに?責任は取らせるのか・・・。

さぁ、明日から仕事始めだ。気合を入れて行こう。

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2007年1月 2日 (火)

縁は、作るものだ。

さてさて、事務所到着。なんと!また年賀状!

先ほどまで、岩手久慈から鹿児島奄美大島に引越しをして、子供たちを8人育てている父親の番組を観ていた。うーーん!凄いネェ、、。

実は、我社の取締役は久慈出身で、久慈高校。そして、義理の弟?は沖永良部島出身で、高校は大島高校。久慈には行った事は無いが、大島高校のある奄美市(当時名瀬市)には、行った事がある。番組の中では、長女の子が大島高校を目指しているようだ。100年を越した伝統校だったと思う。

私の出身高校は、福岡直方にある鞍手高校である。同窓会組織の名前は『鞍陵会』だ。大島高校の同窓会組織は『安陵会』と、ひらがなでは同じ『あんりょうかい』だ。

まぁ、、『縁がある』と思うと、縁がある訳で、昨年末の挨拶回りでは、『えっ?福岡出身ですか?木屋瀬?えぇっ?なんで鞍高に来なかったの?えっ?あぁ、、東筑・・じゃぁ、仕方ないかぁ、、』まぁ、話をしないと分からない訳で、どこかに縁があるものだと思う。

営業をしていると思う。何でも営業ネタになってしまう。それを『嫌だ!あいつは軽い』と言う者も居る。『黙々と図面を描く』これも仕事だ。しかし、図面は何のために描くか?『図面は、不特定多数の人に、情報を伝えるために描くものだ。』決して、図面自体が綺麗に見えるようにだとか、描けと言われたから描くのではない。

私は、『おしゃべり』な男である。うるさい奴だ。しかし、黙っているだけで、あとで文句を言う奴は許せない。必要な時には発言をしてもらいたいものだ。逆に、『言ったよね』とか『言いましたよね?』と言う奴・・・問題外。

今年の年賀状は、

『大型テレビ安くなりました。IP電話は無料です。図面屋はネット派遣になる時代が来ました。』と、コメントを入れている。  チョット長いので、指が痛いのだが・・・。

さぁて、遅くなっても良いだろう。年賀状だ。

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2007年1月 1日 (月)

一年の計は、元旦にあり!

一年の計は元旦にあり。

と、まぁ、、上手くは行かない訳で、、。去年のやり残し、、そう、年賀状を確認するため、事務所へ、、、。うーーーん!出していない人が、なんと多いことか、、先が思いやられる元旦である。それにしても、出した人からの年賀状、、少ないなぁ、、。

さてさて、昨年暮れに、来年のため!と、”宝船”の一部を打合せてあるが、早速?花開くか?4日過ぎ、そうだなぁ、、遅くとも、10日くらいまでには、何とか返事が欲しいものだが、どうだろう?

本業についても”小宝船”が二つほどある。人材確保の件と、新方式の施工図管理だ。まぁ、施工図管理の方は?まだまだ先かな・・・。

スポーツは、贔屓の浦和レッズが、昨年に続き天皇杯を取った。けが人続出で、ボロボロ状態だったのに、よく勝てた。おめでとう!

今年は、長男がスノーボードに出かけたため、初詣は女房と次男と3人だった。

昨年の仕事は、新規の構造図の仕事が増え、良くなる兆しが見えたのだが、持続力と継続性が無かったため迷惑をかけた。今年は、頑張らないと!

困ったのは、病人が多く出てしまったこと。何とか復活を望んでいるが・・大変な状況だ。ここは一つ、踏ん張りどころなのだろう、、私が頑張るしかない。

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と、まぁ、、これが、元旦の一日だった。どうだろう?私の知り合いに、ブロガーは増えるかな?人のブログを読む事も、中々面白いものだから、あと少々増えてくれないか?と思うのだけど・・。

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