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2005年11月26日 (土)

同窓会、優秀な後輩たち

例の構造設計の話で始まる。昨日は同窓会幹事会だった。

工事全体からして、鉄筋の2,3本を抜いたとして何の役(コストダウン)にもたたない。逆に、わずか3割しか強度がないとするなら、工事する最中に既に危険だということだ。

などと、説明する。  うーーん!また説明しろだぁ、、、。

下請けに対する圧力。べらぼうにある。一昨日は、請求書を机の引き出しに入れたまま!昨日は、うちの現場を先にやれ!出来ないならもういい!(仕事はもう出さない)      まぁ、、、疲れる。

もう少し(では?足りないだろうが)勉強をして、いい大学、いい会社に入っておくべきだった。という話は、よくすると思う。

田舎では進学校であった高校の同窓会幹事会に出席した。というか、HPまで作り、幹事会の幹事でもある。今年も当番幹事が優秀で、九州福岡の田舎の高校なのに、出席者は251名という盛況だった。

しかし、である。私が優秀であるわけではない。

高校時代の成績は超低空飛行、、疲れたなぁ、、。真面目にやっているつもりなのに、ついて行けない。そこに、高2から高3になる頃、親父の仕事がうまく行かなくなってしまった事もあり、逃避が始まった。その後、親父の仕事が復活したのをいいことに、浪人生活は2年(実質、パチンコの世界)ろくな奴ではない。大学に入るが麻雀生活。卒業は第二次オイルショックの後、就職なんかあるはずもない。新聞の5行広告で就職をする。それが建築施工図事務所であった。初めから下請け会社だった訳だ。

いきなり現実の世界。こんなはずじゃない・・・。 

残業して図面を描く。と言っても、何をどう描けば良いのかわからず、ただただ座っているようなものだ。周りの目が気になり、カッコばかりつける。風の噂に、同期会の話を聞くが、恥ずかしくて存在すら消したい状況だった。

門前の小僧、習わぬ経を読む。ではないが、やっていれば何とかなるものだ。このブログの題名でもある『一級能書士』であるからして、誤魔化しの喋りで実力不足を補った。生意気な喋りを喜んでもらえる年寄りは、いつの時代もいるもので、オイルショック後なのに総工費400億以上する現場の所長さん、という方に、気に入られた。現在なら1000億でも足りない現場だ。

小さな小さな下請け会社の入社2年目の若造が、元請の看板現場(受注している多くの物件の中でも、これは!という現場)の所長に仲人をしてもらえた。ええっ??である。12月5日は我々夫婦の結婚記念日である。もう、、少しだ。まぁ、、これは忘れて、、、。この所長さん、何と翌月の1月1日付けで本社の取締役になってしまった。後々、同業他社の社長になってしまうというトンでもない人だった。

しかし、まだ門前の小僧である。建築的実力なんか、まるでない。そんな時、先輩が独立して設計事務所を開設すると言うではないか、参加しないかというお話が来た。仲間3人で会社設立である。27歳で取締役! おいおい・・・・。もぅ、、めちゃくちゃだね。

渋谷にあったこの事務所の近くに、たまたま高校の同期がいた。『おい!東京で同窓会がある。あの別嬪もくるぞ』道端で話しかけられ、行く事になった。それが始まりだった。

どうだろう?20、、2,3年になるかな?出席するようになって、、。

32歳で独立した。同窓会は何かの営業にでもなるかと思い、参加を続けていた。と、ある時、学年幹事をしていた同期(道端で声をかけて来た奴)が成田に転勤になると言うではないか、学年幹事を引き受けてくれ。という話だ。何?学年幹事? おいおい、元々同窓会に出席しているのは、お前と俺くらいじゃないか! 成田かぁ、、、仕方ないか、、。と幹事を引き受けてしまった。

今から10年ほど前、東京の同窓会も田舎に合わせて当番幹事にしよう。という事になった。さて大変!私1人だ。その年から、田舎の同窓会本会に出席する事とした。名簿が欲しかったからだ。5年に1度くらいに名簿が出るが、私自身が音信不通者となっているような名簿だ。何度か、行き来を繰り返し、名簿を頼りに電話をした。高校時代、そんなに親しくも無かった者に電話するのである。会社の宣伝にもなるので、暑中見舞いに年賀状を出した。親しかった何人かの友人が同窓会に出席してくれるようになった。出席した写真を葉書に印刷して出した。女性陣が参加してくれるようになった。一気に参加者が増えた。

ついに当番幹事の年(2000年)が来た。心の中は滅茶苦茶だった。実は、98年の夏、倒産を覚悟していたからだ。このブログにも書いたが、業況指数を追いかける形で仕事が発生する。バブル後、中途採用の社員がいなくなり、新卒からの者たちだけとなり、経験不足で受注が得られなかったからだ。間が悪いというか、97年に銀行指導で家を買う契約をしていて、この98年7月に家ができてしまった。そう、、できてしまった。という状態だった。銀行は『アパート住まいの社長に、そんなに次々お金は貸せないでしょう』と言われた事がきっかけの購入だった。小渕さんの安定化策がなければ、倒産は100%間違いなかった。

当番幹事の段取りをしているとき、『優秀だなぁ、、、この同期のメンバーがいたら、うちの会社はボロ儲けだ。』と思った。とにかく、てきぱき動く。

あの高校、、優秀だった。同期の者をみても、いい大学、いい会社なのだ。01,02,03,04,05年と後輩たちは、すばらしい同窓会を開いてくれた。いつのまにか、同窓会幹事会に出席するようになり、毎年、後輩たちの段取りを見ているが、彼等は優秀だ。先輩面するのが恥ずかしい。

ここ2年。我社の社員も成長した。得意先から指名で仕事が来る者が増えた。あと少し。

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コメント

今年の幹事をつとめさえていただいた安部です。金曜はありがとうございました。会社ではいつも自分の能力のなさや段取りの悪さにいつも反省ばかりですが、今回の同窓会の成功は同期のがんばりと何より学年幹事の先輩方がきちっと絆を固めていただいていたからに他なりません。今回の幹事をやってよかったとしみじみ思います。後輩たちにも同窓生の心意気のすばらしさを再認識して欲しいです。これからもよろしくお願いします。

投稿: 安部です | 2005年11月27日 (日) 19時04分

いえいえ、こちらこそ。これからもよろしく。

投稿: 原です | 2005年11月27日 (日) 23時07分

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